高野山リンク集
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(写真は大門)
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高野山」ブログ紹介
昨日ね、思い立って高野山に行ってきました
一年近く和歌山市に住んで、初めての高野山行き・・・・
行きがけにね、ナビも地図も無しだったので、思わず道を間違えて少しロスしちゃったけど。
山道はとっても軽快にはしれました。
やっぱり世界遺産の高野山はいいね〜
想いを綴る単身日記 |
昨日ね高野山行ったよ
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高野山”金剛力士像”
開山以来、表玄関の役割を果たす高野山一山の総門。九度山町の慈尊院から続く町石道の表参道を上ると、ここからが山内となる。開創当時は現在の位置から500m下の九折谷の谷底に木の鳥居があった。高さ約25mの現在の朱塗の楼門は、1705年(宝永2)に再建されたもの。1986年(昭和61)にも大がかりな解体修理が行われた。大門の両脚に構える高さ4.8mの力強い金剛力士像は、阿形像を仏師康意が、吽形像を法橋運長が造ったとされている。ここからの眺望がよく、晴れた日には山並みの向こうに紀淡海峡から淡路島まで望める。また、大門の左の赤い鳥居から原生林に囲まれた山道を約600m登ると、高野山最高峰の弁天岳に至る。
高野山霊宝館【高野山と文化財:指定建造物
大門】
奈良の東大寺南大門の金剛力士像に次いで大きな像といわれています。阿形像の像高は546.0センチメートル、吽形像は558.0センチメートルあります。向かって右の阿形像は、京都の仏師である康意が造立し、吽形像は同じく京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の納入品である書き付けから判明しています。
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(写真は高野山総本山金剛峰寺)
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高野山真言宗 総本山金剛峯寺
高野山は弘法大師 空海が、弘仁7年(西暦816年)に嵯峨天皇より高野山開創の勅許を得、真言密教の根本道場としてお開きになられました。数年後には開創より1200年を迎える弘法大師様の御教えが連綿と続く歴史あるお山です。
標高1000メートル前後の山々に囲まれた平坦地に諸堂が立ち並ぶ姿は、『蓮』の花が開いた様であり、『八葉の峰』とも呼ばれ、内に八葉(峰)外に八葉の山々に囲まれています。内の八葉は、根本大塔をめぐる八峰で『伝法院山、持明院山、中門前山、薬師院山、御社山、神応丘、獅子丘、勝蓮華院山』と呼ばれ、山上の周辺にそびえる外の八峰は『今来峰、宝珠峰、鉢伏山、弁天岳、姑射山、転軸山、楊柳山、摩尼山』とよばれています。その地形からしても、まさしく聖地としてふさわしい山上の宗教都市です。
http://www.koyasan.or.jp/shiru/index.html |
(写真は根本大塔)
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和歌山見所.NET
高野山は和歌山県伊都郡、紀ノ川の南方、海抜100メートルの山上にあり、周囲を高峰に囲まれた東西6キロ南北3キロの盆地である。
今から1200年前の昔、大同元年(806年)弘法大師が唐より帰朝後、真言密教の道場を開くため、都塵を離れた幽玄の地を紀伊、大和の山中に探し求め、この地に嘱目なされた。弘仁7年(816)、ここに真言道場を開きたき旨を、時の帝、嵯峨天皇に上奏して高野の地を賜ったのである。当時賜った地域は広範なもので寺領一万町歩といわれている。翌同八年、諸弟子及び工人等多数を伴い登山され、開山に着手なされた。これが高野山金剛峰寺のはじめである。
承和2年(835)、伽藍の完成を待たずして大師御入定があり、高弟の真然大徳がその後を継ぎ伽藍を完成。以来仏教各流の衆禅の大道場として栄え、徳川時代の正保の頃には大小2000に余る寺坊が廂を並べた。この反面には数々の火災と内紛等による興亡の岐路に立つことも多々あった。その後、元禄の大整理、明治維新の大変革を得て今日に至る。
高野山の現況
明治維新に際し、寺領及び外山の森林等を全て国家に奉還し、山上を以って境内と定めた。現在は伽藍と奥之院の両壇を中核に総本山のほか117ヵ寺あり(うち宿坊寺院53ヵ寺)、これを主体として約1000戸の商家と、4000の人口が山上に住み、全高野町勢の半数を占めている。また高野町の各機関は総てこの山上に置かれ、全国でも稀に見る境内街を形成している。
http://www.wakayama.hello-net.info/kouyasan.html
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高野山ブログリンク集
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玄米和尚(遊歩)の「つるぎ日記」:
高野山真言宗
最高の高野山団体参拝二日目2
10月2日火曜日、9時半頃、いよいよ一行は金堂の中での結縁灌頂(けちえんかんじょう)へと進んだ。 私は、所用があり本山の宗務所へ。
10時45分過ぎに、金堂の前に戻っていくと、そこには涙を流した跡のある妻と妻の叔母の姿があった。結縁灌頂については、何度言葉で言っても「何の意味があるの」と、あまりピンと来ていなかった妻も、感動に感動を重ねたようだった。灌頂を終えた人たち全員が「すばらしい」「感動」「最高です」の言葉の連続だった。私が言葉で100を尽くすより、一回の灌頂のほうが人々を密教へと誘ってくれることの意味を全員が理解してくれた。
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想いを綴る単身日記 |
昨日ね高野山行ったよ
昨日ね、思い立って高野山に行ってきました
一年近く和歌山市に住んで、初めての高野山行き・・・・ 行きがけにね、ナビも地図も無しだったので、思わず道を間違えて少しロスしちゃったけど。
山道はとっても軽快にはしれました。
やっぱり世界遺産の高野山はいいね〜
気温は25℃で、空気が乾燥していたせいか、日陰の風が心地よかった |
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高野山旅行日記(4)
Sweets Junkieな日々/ウェブリブログ
極楽橋からケーブルカーに乗り換えて、高野山へ・・・。
極楽橋から高野山駅までは、5分ほどです。
すごい急勾配を上がって行くのです!!
昔の人は、この急勾配を歩いて登っていたと思うと、
感心せずにはいられません。
高野山の天気もいい天気(^^)
この日の昼間の気温は、18度ほど・・・。
日陰に入ると肌寒さを感じます。
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紅葉高野山 |
モグロの捏造日記
朝から雨やったけど昼から晴れてました。
雨は、雨の日の行動があるんや!
早い目に段取りしとかな調子狂う。
田辺市内へ二回も足運ばなあかんはめになった。
朝一回、昼から一回やけど・・・
フライショップ ペスカドールにも寄ったよ。
昨日の高野山で紅葉の写真撮ってました。 |
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ペンギン事務所:
高野山旅日記 1 奇絶渓の滝
今回から、高野山旅日記を連載します。 (^-^)
今日はあまり記事を書く時間がとれないので、最初のイントロダクションのみで。 m(_
_)m
高野山へは、南紀白浜から車で山道を走って移動しました。
今日の写真は、その途中にある、「奇絶渓」という名勝の滝。
私が行った当時(11/19)紅葉はまだだったのですが、いまは見頃を少し過ぎた頃かも。 |
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ミナさんの毎日:高野山ハイキング日記
昨年は、世界遺産の「熊野古道」を歩きました。そして、今年は同じく和歌山県にある、世界遺産の「高野山」へ向いました。何だか毎年、同じようなことをしている自分に、少し可笑しくなりながら準備を。
親知らずの傷は癒えたと言え、急に体力を使って大丈夫かしらん?そんな風に少し心配しましたが、晴れた一日、自然のシャワーをたくさん浴びたら、私はかえって元気になりました。
さすが世界遺産。あんな山奥にも、外国人を沢山見かけ、ついでに同行者と外国人を見かける度に、「あれは何人か?」クイズをして、風貌から彼らの国を推察するゲームに没頭しました。
何だか着ているものが洒落ているなぁ...と思ったカップルに近づくと、やっぱり、「トレビア〜ン」みたいな言葉を発していたので、フランス人だと判明。(笑)そんなお洒落なフランス人たちをも魅了する、高野山。まだの方は、是非一度訪れてみてください。
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高野山宿坊詳細
福智院・普賢院・桜池院・恵光院・一乗院・總特院・本覚院・天徳院・遍照尊院
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