高野山リンク集U

高野山

のんびり旅日記 初秋の温泉ツアー(^^;(^^;(^^; #8 高野山

龍神温泉から約40kmの龍神スカイラインを抜け高野山へ。

 不思議なもんで、スカイラインを走っている最中は雨が降っていたが、
 高野山に入ったとたん晴れていた。。。

 3連休の初日ということもあり、結構な人出であった。

高野山ハイク(完) - タッチアウトの日記

きょうは一転冬型気圧配置になった。


農園行きにきょうから冬用のジャンパーを着用したが正解だった。大阪管区気象台はきょう近畿地方に木枯らし1号が吹いたと宣言した。去年に比べ11日遅かったという。


それもあってか、行きの風はフォローでよいとしても、農園からの帰りが問題だった。泉州名物の季節風(西風)がいやに厳しい。いつもは下りのすいすい走れる田んぼ道のきつかったこと。トップギアからローギヤに切り替えてもアゲンストの西風に抗しきれなかった

高野山紹介ホームページリンク集

寺院や仏閣に普通じゃない興味を示す夫、最近のブームと言えば断然“高野山(こうやさん)”。和歌山県の内陸、険しい山の頂にナント5000人もの人々が暮らす山上の別天地、それが「The高野山」なのです。山上都市などと聞くと「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせ、日本仏教の「聖地」という神秘的なワードも手伝って私もノリノリ(←単純)。世界遺産にも登録されているし、やっぱり一度は行っておかねばなりません〜

神戸・芦屋・西宮ぷらぷら日記 : 高野山の宿坊でおこもりプラン

全然、旅日記が進みませんが...^^;
高野山レポの続きです。今回は宿坊について。


高野山には旅館やホテルはなく、宿泊施設といったらお寺しかない。
今回の旅では、一泊目は宿坊M院、二泊目はS院に宿泊してきた。


まずM院。
この日はロウソク祭りがあったので、宿は満室。
そのせいで混乱していたのもあったのか、ちょっとイマイチの宿だった。
いや、ちょっとどころじゃないかな〜。
まぁ悪口をあれこれ述べても面白くないので、よかった点を言うと

高野山の宿坊に泊まる - ウチュウノハテマデ旅日記 - Yahoo!ブログ

高野山学ホームページ

高野山学」は歴史と文化によって育まれた高野山の魅力を体系的に学び、再発見するために高野町・高野町教育委員会・高野山大学が連携して開講する講座です。

 高野山は
「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。これは弘法大師が高野山を開いて以来続いてきた文化・歴史・自然が認められたことであると同時に、これからも後世に伝えていく責任を負ったということです。その責任を果たすためには「高野山」を知り、その大切さや魅力を再発見することが重要であると考えます。

 「高野山学」は
歴史・文化・自然・密教・政治などさまざまな視点から高野山を学んでいきます。そのために高野山の学術的研究機関である高野山大学の先生方、多方面で活躍している方を迎え、体系的でわかりやすく、楽しい解説をしていただきます。また、体験講座などで高野山を直接体験できる機会を作っていきます。

 皆様とともに高野山を
学び、楽しみ、魅力を感じる場にしていきたいと考えています。

http://www.town.koya.wakayama.jp/public_html/kouyasangakuhp/kouyasangaku-gaiyou.htm

高野山宿坊組合・高野山観光協会ホームページ(宿坊案内)

当院は高野山の中心に位置し通りより少し奥まった所にあり街の騒音から逃れ塔の鈴の音を耳にしながら幽厳な聖域な宿坊であります又奥ノ院、本山、金剛峯寺、伽藍等のご参拝には最も便利な宿坊です。しかも閑静な環境、美しい庭園、清潔な宿坊、気品に支えられた古い伝統と歴史を誇っており又宿坊では独特の風味をもつ名物のゴマ豆腐を始め四季おりおりの旬の野菜類を用いた精進料理の味を楽しみながら過ごす一夜は宿坊ならではの情緒です。

http://www.shukubo.jp/05_syukubo/a21.html

高野山宿坊ネット

当寺は弘法大師の孫弟子である真隆阿闇梨が初代なり。
葛原親王により創建す。
寿永3年熊谷次郎直実、一の谷に於て
平敦盛卿を討ちてより発心し、
法然上人の弟子となり名を蓮生と改め念仏修行す。
建久元年敦盛卿の7回忌の法要勤修の為、
法然上人の指示に従い高野山に登山し
追善法要を営み自己及び卿の石碑を建立す。
建仁元年鎌倉将軍の発願にて
源平西海役死者の17回忌を当山に於て営む、
拠て円光大師見真大師も当寺に立ち寄り、
一夏九旬法華経を読誦し日々弘法大師御廟に参詣せり。
見真大使(親鸞)円光大使(法然)
その間に各々自ら石碑を建立し又浄土宗開祖である法然上人当寺境内にありし井戸に
姿を写し木像を彫刻せらる。石碑木像及び井戸は現存す。
又、当寺は元智識院と称したるも鎌倉幕府実朝公より熊谷寺号をたまわる。よって爾来熊谷寺と称するに至る。
その後再三類焼にあいながらも再建をかさね、有縁信

http://mediabox.jp/kouya/

高野山宿坊

天徳院さんはきわめてお寺らしいお寺で、ご僧侶方もみなさん親切でていねい。

 お風呂は大小2箇所ありましたが、宿泊者が男女4人くらいだったので、大きなほうを時間で分けて入りました。シャワー・蛇口は二つくらいでしたが、湯船が広いので湯船のヘリで洗えば混んでいる時でもなんとか入れそう。桶やこしかけはたくさんありました(私のときは貸切状態!)。

 部屋から有名な庭がながめられます(ただし1月は雪だらけ…)。コタツ・エアコンや暖かい寝具のおかげで特に夜も寒くはなかったです。精進料理は夕食で三の膳、朝食でも湯豆腐などついて二の膳まで。

 カンカンカンという鐘の音で部屋を飛び出し、朝の勤行にも参加しました(自由参加ですが)。宗旨がちがうので私はお経はあげなかったけど、きわめて厳粛な感じ。ストーブをつけても息が白くなる本堂で毎日されているのかと思うと…。
http://syukubo.com/spot/05kinki/013syukubo_koya.html

高野山別格本山 一乗院(いちじょういん)

弘仁年間?(平安時代前期)
善化上人により一乗院の開基。(古い記録は焼失して詳細は不明)

1177年(平安時代後期)
中興憲覚大義房は当国熊野の人で姓は安宅氏です。当院を再興し示寂されております。

1387年(南北朝時代)
住職持重僧正は法印職に就かれ奥之院の再営落慶法要の導師を勤められております。第十四世清融良住房は上杉家の重臣江山城守の二男に生まれ当院祐範僧正の弟子となって住職を継ぎ、後に龍光院住職となり又宝亀院住職をも兼務した人でもあります。

http://www.itijyoin.or.jp/

バナー
本文へジャンプ XX月XX日